貧乏暇なし
この時期、夏になると感じることがありました。
正確に言うと、夏と冬、お盆に正月の時期でしょうか。
以前、特別養護老人ホームに勤務をしているときは、夏休みや冬休みはありませんでした。月極めの休みのみでした。月に9日〜10日の休みでしょうか。実際は休日出勤が、かなりありましたが。
休みたい訳ではないのですが、他業種と比較するとなんともやりきれない気持ちになりました。
しかも将来の目途も立ちませんし。
まあ、休みもらっても、生活で精一杯で、旅行に行く余裕もないですけど。
正確に言うと、夏と冬、お盆に正月の時期でしょうか。
以前、特別養護老人ホームに勤務をしているときは、夏休みや冬休みはありませんでした。月極めの休みのみでした。月に9日〜10日の休みでしょうか。実際は休日出勤が、かなりありましたが。
休みたい訳ではないのですが、他業種と比較するとなんともやりきれない気持ちになりました。
しかも将来の目途も立ちませんし。
まあ、休みもらっても、生活で精一杯で、旅行に行く余裕もないですけど。
インドネシア看護師・介護士
以前も記載しましたが、ついにインドネシアの看護師・介護士が来月7日に来日決定しました。
しかし、問題あるようです。
初年度500人枠を設けたのに、過半数に満たない208人が来日予定。
人数が少ないのには理由があるようです。
日本の受け入れ施設が、男性希望者を希望しないために、受け入れドタキャンが多かった事と、制度の周知徹底期間が短かったこと。
上記が、人数が少なくなった理由だそうです。
???これって、国家間の経済連携協定(EPA)ですよね。
真面目に、連携協定を運営する気が伺えないのですね。日本の医療・介護人材不足の解消にも本気で取り組む気があるのか、いささか疑問が残ります。
今後に期待でしょう。
しかし、問題あるようです。
初年度500人枠を設けたのに、過半数に満たない208人が来日予定。
人数が少ないのには理由があるようです。
日本の受け入れ施設が、男性希望者を希望しないために、受け入れドタキャンが多かった事と、制度の周知徹底期間が短かったこと。
上記が、人数が少なくなった理由だそうです。
???これって、国家間の経済連携協定(EPA)ですよね。
真面目に、連携協定を運営する気が伺えないのですね。日本の医療・介護人材不足の解消にも本気で取り組む気があるのか、いささか疑問が残ります。
今後に期待でしょう。
質の向上
老人介護の質について記載します。
何事もどんな仕事でも質の向上は必要ですし、その職についている意味を見つけるためにも。自己研鑽を求めていくのが必然でしょう。
と、特別養護老人ホームに勤めるまでは考えていました。
しかし、介護老人事業では、根幹を無視しているのに、質の向上を求められるので、バランスが取れずにいます。
認知症の高齢者入所者が多い施設があるとします。徘徊する利用者が多く入所していても、配置できる職員の数は決まっています。
しかし、認知症の徘徊のために、怪我をすれば施設は責任を負うことになります。家族が裁判を起こし、施設側の過失を認める判例もあります。「認知症、徘徊の予測は出来ていた」という具合です。
この他日常の介護はもちろん、拘束の原則禁止もそうです。施設側に介護の質が求められ、責任も取らされます。
記録の義務化もそうです。現場で見ていれば、本当に必要か?という記録が多く疑問ですが、監査では求められ指導が入るのです。
多くの施設では、監査前に記録を見直し、追記していると思います。これは本当に日常介護に必要なのでしょうか?
少ない職員のなかでサービス残業を強いられ、監査のための必要無い整備を行う。理解に苦しむことが常習化しているのが現状のようです。
監査指導で指摘される記載をすべて行えば、日常の介護業務をこなすことは不可能でしょう。職員を増やせば話は別ですが ・ ・ ・ 。
この監査事業自体を見直すべきですね。
はっきり言って上記の質を求める前に、介護制度の根幹を整備しろ!と言うことです。質の向上は絶対に必要でが、それを現場にのみ押し付けているのでは何も変わらないのです。
何事もどんな仕事でも質の向上は必要ですし、その職についている意味を見つけるためにも。自己研鑽を求めていくのが必然でしょう。
と、特別養護老人ホームに勤めるまでは考えていました。
しかし、介護老人事業では、根幹を無視しているのに、質の向上を求められるので、バランスが取れずにいます。
認知症の高齢者入所者が多い施設があるとします。徘徊する利用者が多く入所していても、配置できる職員の数は決まっています。
しかし、認知症の徘徊のために、怪我をすれば施設は責任を負うことになります。家族が裁判を起こし、施設側の過失を認める判例もあります。「認知症、徘徊の予測は出来ていた」という具合です。
この他日常の介護はもちろん、拘束の原則禁止もそうです。施設側に介護の質が求められ、責任も取らされます。
記録の義務化もそうです。現場で見ていれば、本当に必要か?という記録が多く疑問ですが、監査では求められ指導が入るのです。
多くの施設では、監査前に記録を見直し、追記していると思います。これは本当に日常介護に必要なのでしょうか?
少ない職員のなかでサービス残業を強いられ、監査のための必要無い整備を行う。理解に苦しむことが常習化しているのが現状のようです。
監査指導で指摘される記載をすべて行えば、日常の介護業務をこなすことは不可能でしょう。職員を増やせば話は別ですが ・ ・ ・ 。
この監査事業自体を見直すべきですね。
はっきり言って上記の質を求める前に、介護制度の根幹を整備しろ!と言うことです。質の向上は絶対に必要でが、それを現場にのみ押し付けているのでは何も変わらないのです。
新型特養の苦悩
2008年7月22日(水)の読売新聞に「新型特養 軒並み経営難」の見出しで、新型特養の経営現状が書いてありました。
国の姿勢は、特養を新設する場合は、新型(ユニット型)のみとの姿勢ですが、新型特養では、経営が厳しい状況です。
さらにベット数を減らす等の施設が増加するのは時間の問題に感じます。
そもそも、新型特養は、個室で10人程度の集団を作り、専属の職員が個別のケアを求めるようにするという、何とも素晴らしい介護で、国も導入し推奨していますが、現状では経営は困窮を極めているようです。
05年に居住費が介護報酬から切り離され、利用者からの徴収になりましたが、利用者は低所得にて減額措置が受けられるために、施設への支払いが減額されます。これにより、施設は最低必要な居住費代が徴収できずに施設の負担が増えるわけです。
特養は生活の場となりますので、住所地を変更し利用者は単独世帯になります。単独世帯での収入だけを見れば、低所得者となり減額措置が受けられる場合が多いです。(これについては、住所の変更や各種減額措置の適応についても、各自治体にて対応に差があるように感じます)
また、家族が高額所得者であったり、本人の貯蓄が多いなどは加味されないようです。
生活、介護の質を高めるために、新型特養を作る。でも、今後誰が介護・経営するのでしょう?
更に、職員の人件費を削るか?ベット数を減らして介護難民を作るか?利用者の負担を大幅に増加するのか?
来年度の介護報酬改正で抜本的な対策が出るのでしょうか?
今すぐ取り組む問題で、来年まであやふやにする事でもないですけど。どうなるのか視界良好とはいかないようです。
国の姿勢は、特養を新設する場合は、新型(ユニット型)のみとの姿勢ですが、新型特養では、経営が厳しい状況です。
さらにベット数を減らす等の施設が増加するのは時間の問題に感じます。
そもそも、新型特養は、個室で10人程度の集団を作り、専属の職員が個別のケアを求めるようにするという、何とも素晴らしい介護で、国も導入し推奨していますが、現状では経営は困窮を極めているようです。
05年に居住費が介護報酬から切り離され、利用者からの徴収になりましたが、利用者は低所得にて減額措置が受けられるために、施設への支払いが減額されます。これにより、施設は最低必要な居住費代が徴収できずに施設の負担が増えるわけです。
特養は生活の場となりますので、住所地を変更し利用者は単独世帯になります。単独世帯での収入だけを見れば、低所得者となり減額措置が受けられる場合が多いです。(これについては、住所の変更や各種減額措置の適応についても、各自治体にて対応に差があるように感じます)
また、家族が高額所得者であったり、本人の貯蓄が多いなどは加味されないようです。
生活、介護の質を高めるために、新型特養を作る。でも、今後誰が介護・経営するのでしょう?
更に、職員の人件費を削るか?ベット数を減らして介護難民を作るか?利用者の負担を大幅に増加するのか?
来年度の介護報酬改正で抜本的な対策が出るのでしょうか?
今すぐ取り組む問題で、来年まであやふやにする事でもないですけど。どうなるのか視界良好とはいかないようです。
小学校にも英語導入
新聞で面白い記事みつけました。
小学校5・6年生の学校での英語教育が2011年から始まるそうですが、早くも賛否両論出てきてるそうです。
小学校の教師に突然「英語」を教えろと言っても対応できないでしょう。どのレベルまで求めるかですが、発音一つにしても、小学校教諭の多くが困難と思います。
コミュニケーション能力の素地を養う「話す・聞く」が中心で成功評価では無いとの方針がありますが、EAA(英語活動支援協力員)の助けがあっても、ネイティブのスピーキングとリスニングは不可能に近いので、方針自身が既に行き詰っているように感じます。
どのレベルの教育を求めるか?ですが、私は単純に英語と触れ合うレベルで初めて良いのでは?と思います。
私の小学高時代には外国人と触れ合う機会なんて皆無でしたが、この時代に外国人の先生と触れあれたら楽しく、英語=受験勉強 とは異なった、コミュニケーションの媒体として、本来英語の形と接していけたのでは?と考えます。
今の段階では、成功評価では無いとの方針が出ています。受験のための英語にならずに行けるのでしょうか?
取り組みは大変面白いと思いますので、今後の動向に注目したいです。
新事業の導入について、保護者と足並み揃えることも大変そうですね。学校の先生頑張ってください。
小学校5・6年生の学校での英語教育が2011年から始まるそうですが、早くも賛否両論出てきてるそうです。
小学校の教師に突然「英語」を教えろと言っても対応できないでしょう。どのレベルまで求めるかですが、発音一つにしても、小学校教諭の多くが困難と思います。
コミュニケーション能力の素地を養う「話す・聞く」が中心で成功評価では無いとの方針がありますが、EAA(英語活動支援協力員)の助けがあっても、ネイティブのスピーキングとリスニングは不可能に近いので、方針自身が既に行き詰っているように感じます。
どのレベルの教育を求めるか?ですが、私は単純に英語と触れ合うレベルで初めて良いのでは?と思います。
私の小学高時代には外国人と触れ合う機会なんて皆無でしたが、この時代に外国人の先生と触れあれたら楽しく、英語=受験勉強 とは異なった、コミュニケーションの媒体として、本来英語の形と接していけたのでは?と考えます。
今の段階では、成功評価では無いとの方針が出ています。受験のための英語にならずに行けるのでしょうか?
取り組みは大変面白いと思いますので、今後の動向に注目したいです。
新事業の導入について、保護者と足並み揃えることも大変そうですね。学校の先生頑張ってください。





